音楽

ベートーヴェン講座最終回!

カワイ表参道でのベートーヴェンソナタ全曲演奏会の最終回。30番と31番の事は前回しゃべったので今日は32番だけ。せっかくここまで全曲やってきたので、前半は1番から順番に31曲を振り返ってみました。




しかしよく考えると、30曲位を1時間でしゃべらないといけないと言う事は1曲を2分で終わらせないといけないと言うことに始まる直前に気づき、戦慄を覚えたのですが、かけ足で説明してなんとか1時間ちょっとで全曲をふりかえることが出来ました。短い時間でこうやって全曲を少しずつでも弾いてみると、若い頃のエネルギーと野心に溢れている感じから中期の頃の凄まじい大きな建造物の感じ、そしてそれを経た後の自然な感情の発露までどう変化していったかがよく分かって興味深いです。ベートーヴェンほど生涯を通して作風が変化していった作曲家は少ないんじゃないかな。それも形式的な変化だけではなくて、むしろそれよりも内容の変化、哲学の変化といってもいいかもしれない。
そんな31曲を通り過ぎた後に32番に目を向けてみると、何とも言いようのないほど内容の深い世界が広がっています。神のような天上の世界ではなく、神と対峙した自己の世界、宿命を何とか乗り越えてきた自分自身を見つめる眼差し。第2楽章を弾いていると、あぁこの人は何と強い人なんだったんだろうと切なくなってきます。どんな困難も自分の中で答えを見つけて解決してきた、そんな人にしか書けない旋律です。

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今月の予定

毎月始めのコンサート告知、順調に遅れております(笑)
なんだか今月始めは忙しかったなー。初めてGWに子供達を連れて遠出をするということもしてみました。(いつもは仕事なので)
その結果…………、もうGWに車では出かけない!^^;。姫路豊橋が、食事休憩も取ってないのに7時間以上もかかるなんて。次からは頑張って新幹線を取ろう。
しかし子供がいない頃は、連休は混雑の中遊びに行く人たちを横目に見ながら仕事をする時で、遊ぶのは空いている平日にと思ってたんだけど、子供がいるとそうもいかないですねー。このようにして集中的に混むんですね。




もう明日ですがカワイ表参道でベートーヴェンピアノソナタ全曲講座の最終回!!もう最終回ですよ!!今回は最後のソナタだけなので、前半で1番のソナタから全曲軽く振り返ってからにしようかなと思います。後期3大ソナタのコンサートは6月16日にあります。




13日はACT音楽セミナーでもご一緒しているチェリストの大島純さんと、彼自身が館長をつとめる洗足のプリモ芸術工房で、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、ラフマニノフのチェロソナタという凄まじいプログラムのデュオコンサートです。




17日はカワイ浜松でペダリングセミナー第2回「基礎編」。ついこの間第1回をやった気がしてるんですが早いものです。第2回はいつも単発でやっているのと同じような内容。今まで何回も講座をやって築いてきたペダルの極意を根本から説明します。




19日は2月にトリオで演奏したハクジュホールでカウンターテナーの藤木大地氏のリサイタル。シューマンの名作「詩人の恋」、それからシューベルトの歌曲も何曲かあるのですが、ピアニストにとっての見せ場は「魔王」でしょうか。




21日はおなじみ京都のカフェモンタージュでトリオのコンサート。シューマン&ブラームスピアノ三重奏曲全曲プロジェクトの第2回で、今回はどちらの作曲家も第2番です。もう席があまりないようです。




そして22日23日は続けてカフェモンタージュで、ベートーヴェンの後期3大ソナタです。




24日はカワイ広島で初めてのペダリングセミナー。サロン「パーチェ」は出来たばかりの時のお披露目会でも演奏したご縁のあるサロン。こじんまりとしていますがとても響きのいい空間です。内容は浜松の第1回と同じで「導入編」。ブルグミュラーやピティナB級、C級の課題曲も取り上げます。浜松は初めての講座だったのでまずはピアニストがそういう曲を弾くとどんな響きになるのか、音楽のイメージなども含めてお話して聞いてもらいました。ペダルをプロジェクターで撮ってリアルタイムで映像も見てもらいましたが、詳しく掘り下げた系統的な説明は基礎編で聞いてもらうことにして、まずは「ここまでペダルは細かく使うのか、ペダルでこんなに響きが変わるのか」ということを知ってもらうことに焦点を当てました。広島は今まで何回もいろんな講座をやっているので、もう少し突っ込んだ内容にするかもしれません。




引き続き25日は大阪のカワイで同じくペダリングセミナー第1回「導入編」。こちらも梅田に新しく出来たサロン「ジュエ」。サロンが出来る前には行ったことがあるのですが、新しくなってからは初めてなので楽しみです。




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28日は大好評の語りと音楽シリーズ。毎年この時期はフィリアホールで、こちらももうずいぶんチケット出ているようです。今回はカウンターテナーの藤木大地氏も一緒にシューベルトの「美しき水車小屋の娘」を演奏します。ピアノソロとしては「さすらい人幻想曲」。シューベルト唯一のヴィルトゥオーゾ曲。大学時代からずっと興味のあった曲なんですが、演奏するのは今回が初めてです。

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倉敷音楽アカデミー

ゴールデンウィーク最後の土日は、倉敷音楽アカデミーの公開レッスンでした。常連の受講生も初めての人も楽しく聞かせてもらい、楽しく(厳しく?)レッスンをしました。だんだんこの公開レッスンの認知度も高まってきたのか、聴講の方もかなりたくさんいて嬉しい限りです。少しでも地元のレベルアップに寄与できればと思っています。
時期的にほぼみんなピティナの曲を持ってきていました。主要コンクール前はみんなその曲を持ってくるので、こちらも課題曲に詳しくなります。全く今まで知らなかったいい曲との出会いなんかもあって(たとえばイベールのおてんば娘)これはこれでなかなか楽しい。もちろん全部が全部名曲というわけにはいかないけれど、それはまあ仕方ないところでしょうね。一見いい曲に見えても名曲でないものはレッスンで突き詰めていくうちに底の浅さが見えたりほころびが生じたりするので面白いところです。逆に名曲は、どれだけこちらが研究し尽くした気がしてもさらにその先がある。それにしても今年は学生音コンも含めてあまりにも内容が難しい曲が入ってる気がするんですがどういう意図なんだろう。「子供だから子供らしく弾きなさい」とは全く思わないし、本人が好きで選ぶ曲だったらいいと思うんだけど、課題曲はもっとオーソドックスなもののほうがいいんじゃないのかなぁ。何か深い意図があるのかもしれませんが。
ところでこの土日は実は携帯ナシ生活でした。なんと新幹線の中に置き忘れてきたんです。乗り換えの駅で危うく寝過ごしそうになり、荷物をまとめて急いで降りたホームで携帯がないことに気づいた時には時すでに遅く、発車する新幹線の窓から運ばれていく携帯を見るあのなんとも言えない気持ち。諦観というのはああいう心持ちなのか。
いろんな連絡が取れないのはとても不便で、今も携帯がある安心感と喜びを噛みしめているところですが、練習や勉強は携帯がないほうが捗りますね。移動中なども、手が少しでも空くと携帯を開いてしまうこの習慣をなんとかしないといけない。目の前のたくさんの情報に目が行くことで失っているものがきっとある気がする。それは情報のせいでも携帯のせいでもなくて、自分がちゃんと考えて向き合えばいい話。
現代人の考え方が安易になっているという原因はネットでいつでも簡単に情報が手に入るからだ、という風潮、原因としては確かに間違いじゃないかもしれないけど、じゃあネットがなかった時代は良かった、というのはおかしいんじゃないかと思い。何かがないよりもあるほうが間違いなくいいわけで、その溢れる情報にどう向き合って行くかは個人の責任。
コンクールも似たようなものかもしれないですね。僕らが子供のころよりコンクール自体が増えて、そのための講座や解説なんかも簡単に見られるようになった。そりゃあ見ればいいですよ。手に入る情報は何でも手に入れればいい。コンクールも受けたいコンクールは受ければいい。いい賞も取ればいい。だけどその先に何があるのか、そして何が本当に音楽的なのか、というところを見失わないようにしないとね。
情報も音源も少なかった時代は一つ一つがもっと大事で、その同じものをみんなが求めてた。みんな名盤の解説本もあってみんながそのレコードを買いに走っていた。そしてその曲の世界最高の演奏はそのレコードであって、それ聞いたことのない人はまだ「最高」を知らない人だった。そしてその名盤以外は存在していても誰も知らなかった。だけど今は名盤っていう概念も薄くなってるんじゃないかな。いつでも手に入る。たくさん手に入る。その代わり玉石混淆。そこでいまいちなクオリティ演奏を「最高」だと信じて聞いてしまっていたとしてもそれは玉石混淆のYouTubeのせいじゃない。これだけ情報で溢れかえる時代だからこそ選ぶ自由がある。そして選ぶ能力が必要になる。可能性が無限にある面白い時代じゃないか。

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松本ピアノフェスティバル〜ブルグミュラー講座

松本ピアノフェスティバル2日目はブルグミュラー講座を行いました。初めての試みでしたが、皆さん本当に真剣に聞いてくれました。
1時間だけの講座で全曲やると薄っぺらくなりそうだったので、何曲かピックアップしました。定番の「乗馬」(蛇足ですが原題のフランス語には貴婦人という意味はなく、乗馬という意味すらないそうです)「バラード」「シュタイヤー舞曲」など、それからピアニストが弾くと特に違いが出る曲として「アヴェマリア」「別れ」なども取り上げました。
ここをこう弾きましょう、こういう部分が難しいのでこんな練習しましょう、とか、教える時にこんなことに気をつけましょうというようなことは他にもいくつも初歩的な講座があるので、楽曲としてどんな素晴らしさがあるのかという解説に焦点を絞りました。
それぞれ良さがありますが、中でも「別れ」という曲はとてもよく出来た曲ですね。あのホロっと泣かせるような出だし、それはフリではなくて本当に身を切るようなつらさがあるということが3小節目のsfでよくわかります。そして悲しさや心の震え、動揺や焦りのようなもの、様々な感情が入り混じるテーマ。agitatoとあるので、別れの後のポツリとした寂しさ、別れの辛さが体に染み込んでいく様などを表しているのではなく、また嘆きを切々と歌い上げるアリアでもありません。もっと心が動いている状態、たとえばいてもたってもいられない様子を表しているのか、もしかしたら別れはまだ目前にあって「どうしよう」と思っているのかもしれません。中間部は幸せな思い出の世界。ショパンの葬送行進曲にも似たような展開ですね。この部分がどのようにすれば「幸せだった」「思い出」のように響くのかの検証もしてみました。
今回は休日の講座だったのでレスナーさんが大半を占めるいつもと違い子供たちや親御さん達もかなりいたようですが、ブルクミュラーの世界を少しずつ掘り下げていくうちに、どんどん会場の集中力が深まっていったのを感じました。掘り下げていくと作品の内容がどんどん見えてくるというのは名曲の証です。手ほどきの仕方や弾きにくい気をつけるべきところを教えてくれる講座や解説本も大事ですが、その大元には音楽を愛する心とそれを表現したいと言う気持ち、そして今取り組んでいる作品の大きなイメージが必ず必要です。それなくして「やり方」だけ学んでも決して音楽にはなりません。ブルグミュラーに関してはその部分を教えてくれる講座や、憧れの対象となるべきすばらしいピアニストによる演奏があまりにも少ないと感じたので、あえてこういう講座をしてみました。
「やり方」の情報があふれている現代だからこそ、本当に音楽的なものに目を向けられる人が少しでも増えるといいなと願っています。

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松本ピアノフェスティバル

2年ぶりの松本ピアノフェスティバル。今回は演奏ではなくて、ジュニアアワードの審査員と講座をしました。1日目の今日はジュニアアワード。11人のピアニストの卵たちが自由曲を弾きそれを審査するのですが、面白いのは聴衆も審査に加わると言うことです。それも、他のコンクールのように副賞のような扱いではなく、審査員特別賞と同じかむしろそれよりも価値のある賞としてミューズ上と言う名前の聴衆賞が設定されているのです。
そんなコンセプトなので、子供たちも心なしかコンクールよりものびのびと演奏していたような気がしました。
夜はピアノ・ザ・プレミアムを鑑賞。ノージャンルのピアノフェスティバルと謳うだけあって、クラシックの山本貴志君から2台ピアノのライル・クライス、そして松下奈緒さんまで多彩なラインナップ。後半は前回もコンサートを盛り上げていたレ・フレールの演奏。楽しかったなー!



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ブルクミュラー講座、そしてコンクール動画の危険性




4月30日には長野県の松本でも講座やります。これはなんと!!ブルグミュラー講座。初めての試みです。まだ松本だけの予定ですが(ペダル講座の初級編では取り上げてますが)、将来的に他のところでもどんどんやりたいなと思っています。
こういうことを始めたのには実はきっかけがあるんです。

それは、レッスンをしていた時のこと。
いまいち音楽的にいい感じにならないなぁ、と思って、初めてのレッスンだったので
「この曲は誰のCD聞いた?」と何気なく質問したんです。
好みなどが分かったら取っ掛かりもあるかな、と。
そうすると、「コンクールの動画を見ました。」と。
・・・・・
驚愕でした。
同じようなやり取りが他の人をレッスンしてる時にも何回かありました。
ちなみに、このやり取りを聞いて驚愕しない人(レスナーさん)は、ちょっと考えた方がいいです。
お手本の演奏を聴いたほうがいいのかどうか、というのはいろんな意見があると思うのでここでは置いておきます。(僕は個人的には出来る限りたくさんの録音を聞くべきだ、と思っていますが)
ここで問題は、演奏家のものを聞くのではなくてコンクールの受賞者の演奏しか聞いていないということ。もちろん参考にするのはいいし、中には僕らもため息が出来るような素晴らしい演奏もある。だからと言って、コンクールの動画を見ればその曲のこと、ひいては音楽というものが分かったような気になるのは何かおかしいですよね。
だって彼らは演奏家の卵でしかないわけだから。
ショパンコンクールですら、例えば受賞者としてのツィメルマンとその後のピアニストとしてのツィメルマンは全く完成度が違うわけです。ショパンを勉強したいと思うなら、ツィメルマンを聞き、ホロヴィッツを聞き、ルービンシュタインを聞き、アルゲリッチ、ポリーニ、コルトー、フランソワ、(あぁ、昔の演奏家ばかりになってしまう)いくらでも素晴らしい録音が残っているわけです。時には最近のショパンコンクールコンテスタントのものを聞いて新鮮な感覚を感じるのも良し。みんながみんなショパンをショパンのように弾けているとは限らないから、その辺のことが分かった上であれば。
はい。ショパンコンクールですら多分そのくらいの位置付けです。
いわんや、国内のコンクールをや。それも子供のコンクールをや。
なのでみんなもっといろんな演奏を聴けばいいと思うのだけれど、さてここで困るのが、ショパンとかモーツァルトのソナタとかまで行けば宝物のような録音が山ほどあるけれど、その前の段階の曲集に指標となるような演奏が少ないことなんですよね。
ブルクミュラーもそう。いくつかピアニストによる録音がありますが、まだまだ少ない。そしてそれに比べて子供の発表会などで聞く機会があまりにも多い。そうするとかなり意識していても、だんだんそういう音楽だと思うようになってしまうんですね。
でもブルクミュラーのエチュード集は本当はもっともっと素敵な音楽だと思う。
それを分かってもらいたいんです。
全ての子供がそういう風に弾けるわけではなくても、その世界を知った上でもっとゆっくり弾かせるのと、そんなもんだと思ってゆっくり弾かせるのと、全然結果が違ってくる。その時は違わなかったとしても、その生徒さんの10年後は確実に違ってくる。
そう考えると先生の責任って重大だ。
自分にもそのまま降りかかってくる話だ(汗)
さて、勉強勉強。

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コンチェルトセミナーについて




5月5日のピティナコンチェルトセミナーは、チャイコフスキーやベートーヴェンの皇帝なども取り上げながら、コンチェルトへのアプローチの仕方、指揮者やオケとのやり取り、気をつけるべきこと、仕上げるにあたってのソロとの違い、なども説明する予定です。
ちなみに僕自身は、コンチェルトだからと言ってソロと全く違うアプローチはしません。室内楽もしかり。大元の部分は全て同じだと思ってます。
コンチェルトであっても室内楽であっても、ソロでも、音楽としてどうあるべきかを考えるのが先決。全てのパートを含めた音が頭の中で鳴り、流れを作らないといけない。ソロの場合はそれがたまたまピアノの音だけ、というだけのこと。
と考えるとコンチェルトの仕上げかたなどの話も結局は「音楽との向き合い方」という大きな話になっていくんだろうなぁ。
ただ、そうは言っても1回もコンチェルトを弾いたことがない人に全てを把握してイメージしろと言ってもそれはやはり無理なので、実際問題どんな感覚でやっているのか、やってみて初めて分かったこと、ソロとはまた違う面白さ、その他諸々喋ろうと思っています。

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ペダル講座 in カワイ浜松 第1回初級編

‪カワイ浜松でのペダル講座は、たくさんの方に来ていただきました。カワイの講師以外の方の比率がこんなに高い講座はなかなかないとのことで、やはり皆さん興味のある分野なんだろうな、と思います。同時になかなか知る機会がない分野なんでしょうね。‬
‪第一回目は初級編と言うことで、ブルグミュラーの25の練習曲やピティナのB級C級の課題曲を題材に使いました。といっても、「ここの部分で踏んでここで離しましょうね」と言うようなよくある初歩のセミナーのようなことはしません。どのペダルがどういう役割で、どんな種類のペダリング(ハーフペダルやヴィブラートペダルなど)があるか、ということもすっ飛ばして、というかもう知っている前提でお話をしたので、もしかしたらちょっと難しかったかもしれません。‬
‪しかし、ビギナー向けのセミナーが溢れている今、音楽の奥深さを本当にわかってもらいたくてお話と演奏をしました。‬
‪その中には、目の前の子供のための曲集やコンクールにばかり目を向けていると日本の音楽会の将来はないですよ、と言うメッセージも込めたつもりです。それはまずは、先生方のためではなくてそこで習っている生徒さん達のためなんです。先生方はとりあえず目先のコンクールで良い成績を出してもらえば名前が出てくる。しかしそこで、10年後20年後のことを何も考えずにレッスンをされた生徒たちさんたちの多くは中学生や高校生で伸び悩みます。というのが僕らの子供の頃の構図だったのですが、情報がたくさんある今の世の中、そのままのスタンスでも中学や高校は生き延びられるみたいで、その後大人になってから伸び悩むんだと思います。そのようにして最近の日本の国際的なレベルは下がっています。基礎力と感性が育つ子供のうちにやっておかなければならないことがたくさんある。切実にそう思います。‬
‪長くなって来たのでまた書きます。‬

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コンチェルト講座〜ラフマニノフピアノ協奏曲第2番




5月5日は「コンチェルトの日」だそうで、特級ファイナリストのコンチェルトのコンサートやコンチェルトステップと並んでコンチェルト講座があります。
前半はバッハとショパンのコンチェルトの公開レッスン、後半はラフマニノフ、チャイコフスキー、ベートーヴェンのコンチェルトを題材にコンチェルトを仕上げていくにあたっての気をつけるべきこと(オケパートの把握の仕方・そしてそれをいかにして1人での練習に落とし込んでいくかなど)、ソロとの違いなどなど解説します。
佐藤圭奈さんの伴奏でラフマニノフの2番コンチェルトの1楽章も演奏します。

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質問コーナーその3〜20歳に戻れるなら

もいっちょ。




「もう一度20歳に戻れるなら何をしたいですか」
面白い質問だ^^;。この辺からどんどん面白い質問が出てきますよ。
さて、20歳に戻れるなら、、、、、、、練習したい(笑)(笑)。いや、切実に。小さい頃から大の練習嫌いだった僕は、みんながやるようなコツコツと毎日やるような基礎練習のようなことはほとんどすっ飛ばしてきたわけですよ。それでも、根気強くそういう作業に付き合ってくれる先生方のおかげでなんとかギリギリ最低限のテクニックはついていたものの、後は気合いと情熱でなんとかしてたら。だから、体は動くけど指はまわらない(笑)。そのことで後からどれだけ苦労をしたことか。いや、今でもどれだけ苦労をしていることか。30も半ばになってから一念発起してショパンエチュードをやってみたりとか、今でも(小さい頃真面目にやらなかった)アルペジオの練習してみたりとか、まだ頭も体も柔らかい小さい頃にやっておけばこんなに大変じゃなかったのにな、と思うことが山ほどあります。
でも、その代わりに練習せずに山を駆け回っていた時間とか、練習せずにバンドに明け暮れてた時間とか、練習せずに小説読んだりマンガ読んだりゲームしてた時間とか、練習せずに朝まで飲んだくれてた時間とか、練習せずにホロヴィッツばっかり聴いてた時間とか、そういうものは全て自分の音楽の血となり肉となってるんだと思う。その時間を練習に充てていたらもしかしたら今の音楽とは全然違う音楽をしているかもしれない。今よりいいかもしれないし、そうではないかもしれない。全ての過去があって今の自分がある。だから、今出来ないことは別に過去のせいにすることもなくて、今出来るようになればいいだけで、過去に戻りたいとはそんなに思わないかなぁ。

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