音楽

質問コーナーその3〜20歳に戻れるなら

もいっちょ。




「もう一度20歳に戻れるなら何をしたいですか」
面白い質問だ^^;。この辺からどんどん面白い質問が出てきますよ。
さて、20歳に戻れるなら、、、、、、、練習したい(笑)(笑)。いや、切実に。小さい頃から大の練習嫌いだった僕は、みんながやるようなコツコツと毎日やるような基礎練習のようなことはほとんどすっ飛ばしてきたわけですよ。それでも、根気強くそういう作業に付き合ってくれる先生方のおかげでなんとかギリギリ最低限のテクニックはついていたものの、後は気合いと情熱でなんとかしてたら。だから、体は動くけど指はまわらない(笑)。そのことで後からどれだけ苦労をしたことか。いや、今でもどれだけ苦労をしていることか。30も半ばになってから一念発起してショパンエチュードをやってみたりとか、今でも(小さい頃真面目にやらなかった)アルペジオの練習してみたりとか、まだ頭も体も柔らかい小さい頃にやっておけばこんなに大変じゃなかったのにな、と思うことが山ほどあります。
でも、その代わりに練習せずに山を駆け回っていた時間とか、練習せずにバンドに明け暮れてた時間とか、練習せずに小説読んだりマンガ読んだりゲームしてた時間とか、練習せずに朝まで飲んだくれてた時間とか、練習せずにホロヴィッツばっかり聴いてた時間とか、そういうものは全て自分の音楽の血となり肉となってるんだと思う。その時間を練習に充てていたらもしかしたら今の音楽とは全然違う音楽をしているかもしれない。今よりいいかもしれないし、そうではないかもしれない。全ての過去があって今の自分がある。だから、今出来ないことは別に過去のせいにすることもなくて、今出来るようになればいいだけで、過去に戻りたいとはそんなに思わないかなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

質問コーナーその2〜1日どのくらい練習するのか、はやい曲が弾けるようになるには

昨日の続き。



この子はたくさん質問が書いてありますね。聞きたいこといっぱいだったんだろうなぁ。
「わたしは4年生です。4年生にオススメの曲はありますか?」
んー、オススメの曲ねぇ。そのくらいの年代の子をたくさんレッスンしてるわけではないから、正直いろんな曲がぱっと思い浮かぶわけではないんだけど、個人的な話をすると4年生の時に弾いた曲の中で1番印象に残っているのはシューベルトのスケルツオかな。後はピティナの全国大会に行ったから、その時に弾いてたバスティンやギロックの曲もよく覚えてます。カバレフスキーのマーチなんかも好きでよく弾いてたなぁ。
「だいたい一日どれくらいピアノをやってますか?」
これもなかなか難しい質問だ。できれば時間のある限り弾いていたい、という感じかな。ピアニストはコンサートの日以外は練習ばっかりしていると思われがちだけれど、いろんな人と連絡を取ったり打ち合わせに出かけたり、プログラムノートや他のいろんな書類を作ったりこうやってFacebookやブログに投稿する記事を作ったり、音楽の事でも練習する以外にもいろんな調べ物をしたりいろんな人のCDを聴いたり、レッスンもするし、後はもちろん家族と過ごす時間もあったり、そうやってると意外と心ゆくまで練習する時間というのはたっぷりあるわけではないんだ。全くピアノに触れない日もあるし、1日3,4時間も練習が出来ればもうホクホク。

「わたしははやい曲が苦手です。はやい曲をうまく弾くためにはどうすればいいですか?」
これは多分たくさんの人が悩んでるんだろうな。はやい曲が苦手な原因には多分2種類あって、1つはそもそも指が動かない、もしくは頭が速く回転しない。もう1つは速く弾く練習をしていない。
そもそも指が動かないのなら今の時点ではその曲は弾けないわけだから、基礎練習なりその曲をひたすら練習するなりしないといけないわけだけど、意外に多いのが速く弾く練習をしていない人。真面目な人に多いかな。
毎日毎日丁寧にゆっくり練習していて、そのうちテンポが上がるだろうと思っていたらなかなか上がらない。そういう時は、少しくらいぐちゃぐちゃになってもいいからとりあえず速く弾いてみる、というのも1つの手。例えば短距離走で言うと、ゆっくり練習というのはフォームを確認する練習のようなもの。とても大事な練習だけどそればっかり毎日してても速く走れるようにはならないよね。というわけで、勇気を持って1日に1回か2回は思い切って速いテンポで弾いてみよう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

質問コーナーその1

そういえば長らく放置しちゃってた。



1月29日の埼玉は音の玉手箱リサイタルでの質問コーナー、抽選箱に質問の紙を入れてそこから引いて答えたんですが、本番で引かれなかった質問の中にも面白いものがたくさんあったので少しずつここで答えて行きます。

まずはこれ、



「いままでに一番難しいと思った曲はなんですか?」。
プロコフィエフの2番協奏曲、ショパンエチュード全曲、ラヴェル夜のガスパールなどいくつかありますが、やっぱりベートーヴェンのハンマークラヴィーアソナタかなぁ。

もひとつ。



「ひけなかった部分の練習はどういうふうにするんですか。」
うーん、とにかく練習する!!いや、「どういうふうにするんですか」という質問の答えになってないか。とにかくよく考えて練習する!!特に毎回決まったやり方があるわけではないけれど、最近はとにかくゆっくりさらってます。だんだん頭と指が覚えてきて、速く弾いてもスローモーションを見てるように、全部の音や指の動きが把握できるようになってくる。ただそれは、その部分を弾けるテクニックがもともとあっての話で、そもそもテクニック的に弾けないものが出てきた時は・・・ん〜〜〜、考える。弾けてる人を観察する。研究する。そして、自分に足りないのは何か考えて、それを克服する練習方法を考えて、あとはとにかくやるのみ。○○時間で必ずできるなんとか、なんてのは存在しません。よく考えて地道に練習するのみ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ベートーヴェン公開レッスン in 岡山ルネスホール

‪昨日のベートーヴェンピアノソナタの演奏会の一環で、今日は公開レッスンでした。それもベートーヴェンのソナタ限定の。小学生2人がどちらも20番のソナタ、中学生が昨日も弾いた7番のソナタ。
20番のソナタは全音のソナチネアルバムに入っているし、ソナチネの延長線上でトテトテと弾く子供が‬多いけれど、本当はそんな曲じゃないと思う。テンポももっとはつらつと速いべきだと思うし。2分の2でAllegro ma non troppoなんだから。
とは言ってもソナチネを卒業してこのソナタに入って、いきなりベートーヴェンの真髄を知っているような演奏をしろと言ってもそれは無理だと思うので、今日は具体的な弾き方よりも主に音楽の大きな話をしました。
このくらいの曲からは教える側にも広い知識と音楽性が必要になってくると思う。もっと言うと、ブルグミュラーを教えるのにも本当は同じ時代の、そしてそれまでの時代のたくさんの音楽を知った上でその知識やイマジネーションを落とし込んで教えることが必要だと思う。
シンフォニーやオペラを知って生まれるイマジネーションは、山ほどブルグミュラーの講座に行っても得られない。具体的な教え方を知ることはもちろん必要だけれど、そこに音楽があるのか、それとも方法論だけ存在するのかで、同じことを教え込まれても10年後20年後には全く違うものに変化していく。
僕は小さい子を教えるのが決して上手なわけではないし、小さいうちはやはり毎週毎週そばについて同じことを粘り強く教えてくれる先生が絶対に必要だと思うけれど、その後ろにある大きなイマジネーションや憧れのようなものを築くきっかけになってくれればいいな。
それにしても今日は聴講の方がとても多かった。公開レッスンをしてもなかなか聞きに来る方は少ないので、これはいい傾向だと思う。
岡山の音楽レベルがどんどん上がってくれるといいな。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

プログラム

‪今さらですが、明日の倉敷国際ホテルでのディナーコンサートのプログラムが決まりました。

バッハ=ヘス:主よ、人と望みの喜びよ
シューマン :トロイメライ
ドビュッシー:月の光
プーランク:エディトピアフに捧げる即興曲
シベリウス:樅の木
吉松隆:プレイアデス舞曲集より
さりげない前奏曲
西に向かう舞曲
聖歌の聞こえる間奏曲
坂本龍一:戦場のメリークリスマス


ショパン:幻想即興曲
モーツァルト:トルコ行進曲
ショパン:子犬のワルツ
ブラームス:間奏曲イ長調Op.118-2
ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番嬰ハ短調Op.27-2「月光」




| | コメント (0) | トラックバック (0)

カンマームジークアカデミー in 呉、申し込み期間終了

カンマームジークアカデミー in 呉、募集期間が先日終わりました。第一回目からどんどん人が増えていて、今回も蓋を開けてみるとすごい人数!前回も既にパンパンで朝から晩まで働きづめでしたが、今回はさらに多くなりそうで、どうなるんだろうか。これより人が増えると先生を増やすしかないわけですが、今度は部屋が足りなくなるので、そう考えるとこのアカデミーは規模としてはこのくらいが限度なんだろうな。もしくは噂で聞く秋吉台のように深夜までレッスンをするか(笑)
それにしても、広島近辺の人や広島出身の人、遠くても大阪の人がほとんどだった第一回と比べて、ずいぶん広がったものだ。広島とは特に関係のない芸大・桐朋・東京音大の人たちもたくさん受けに来てくれます。芸大で室内楽科を教えた3年間はとても楽しかったけれど、その時のような雰囲気になりつつあるかなー。いや、大学はやはり単位のためだけに来ていたやる気のない組もいたから(笑)、もしかしたらもっと充実してるかもしれない。やる気がないのにわざわざお金を払って呉まで受けに来ないですからね。
がぜん、楽しみになって来ましたね^ - ^



| | コメント (0) | トラックバック (0)

運命と私




ベートーヴェン4番のコンチェルトの2楽章。若い頃は、なぜオケが強く始まるのにピアノはそれを無視するかのように弱々しく演奏しなければならないのか納得がいかなかった。オケをうまく引き継ぐためには、フォルテとは言わないまでもある程度の勢いと充実感のある音色で弾くべきではないのかと思い、実際にそのように弾いていた。でも、これはきっと「運命」と「自己」というようなことなんだろうなぁ。ピアニストはただ佇んでいればいい。そしてだんだん周りの音が遠ざかっていき、その内面にスポットライトが当てられていく。歳を重ねるとだんだんいろんなことが見えてきて、本当に楽しいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本の音楽界の将来から◯◯亭まで

先日の浜松に引き続き、カワイのシンポジウム関西大会でまたペダル講座をしてきました。



最近日本の音楽界(教育界)をいい方向に向けていかなければ、という危機感を感じているので、ペダル講座というタイトルではあったんですが、いい音楽をたくさん聞いて自分でイメージが出来るようになることの必要性、コンクール動画ばかり見ることの危険性など、かなり脱線した話もたくさんしましたが、伝わったかな。
帰りはせっかく珍しく新神戸駅から乗るので、これ。
「新神戸駅においしい豚まん屋さんあるんですよ。」
「蓬莱ですか?」
「じゃなくてねぇ、えっと、何とか亭っていうんですけど。」
という会話をカワイの方としたんだけど、一文字もあってなかった。


三宮一貫楼です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

公開レッスンのお知らせ

そういえばお知らせするのをすっかり忘れていました。11月5日、6日で倉敷の音楽アカデミーで公開レッスンします。まだ申込めるようですよ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

良い演奏とは?

24日の宇都宮でのリサイタルで久しぶりに弾くので、ショパンのマズルカOp.33-2をナクソスで片っ端から鑑賞。リストの中には自分の名前も出て来るけれど、自分の演奏聴いても勉強にはならないし、何年の前の演奏に反省しても仕方がないので、基本自分のCDは聞き返しません。
マズルカのリズムが得意そうなポーランド系のピアニストを何人か聞いた後で、きっと固いんだろうなとあまり期待はせずに、それでもやはり外せないとポリーニを聞いてみる。始まった瞬間、「格が違う!」。他のピアニストのよりも「マズルカ」としてどうなのかは分からない。ポリーニの癖だろうけれど、フレーズの途中で突然音が短くなって不自然な歌になったりする。それでいいのか?と思うような機械的な切り方もあったりする。でも格が違う。思えば、ホロヴィッツが自分にとって神様だった(いや、今もだな)芸大時代は、ポリーニは大嫌いなピアニストだった。友人とCDを聞きながら、「なぜこんなメロディを歌わずに弾けるのか」などと憤慨していかにポリーニが良くないかを語っていたものだ。しかし、なぜかCDは何枚もあった。そしてその後も、ことあるごとにポリーニを聞いていた自分に気づいた。
同じようなピアニストに、リヒテル、グールドなどがいる。何がいいのか全然分からない、と思いながら気がつけば何度も聞いている。
その逆もある。とてもいいと思うけど、特に聞き返したいとは思わない。
何が違うんだろうか。何が違うかと考えると、きっと魅力が違う。音の求心力が違う。完成度が違う。結局のところ音楽家としての格が違うとしか言いようがない。正しい音楽語法、正しいスタイル、正しいテクニック、そんなものはいとも簡単に吹き飛ばしてしまうほどの格の違い。もちろん本人たちはそこから逸脱した音楽をやろうとしているわけではなくて、それが心の底から湧き出たものだからそうしているだけ。
クラシック音楽のように長年かけて積み重ねられてきたジャンルの場合、良い演奏と言うのはどういうものなのか、と言うのはかなりのところまで分析ができるのだと思う。しかし最後の最後に出てくるその部分は分析するのがとても難しくて、哲学にも近いような領域になってくるのだと思う。そしてそのほんの少しの違いは、音楽家としては天と地ほどの違いになってしまう。
自分も演奏家の端くれとして、常に自分自身に戒めを持って追求し続けなければいけない。テクニックの事や構造、フレージング、和声などを考えるのは当然のことであって、むしろスタートラインと言ってもいいかもしれない。そういうことがたくさん分かっていたらいい音楽が出来るわけではないし、いろんな知識があって最終的に演奏はいまいちなほどカッコ悪いことはない。(それに自分で気づけなければさらに惨めな感じになるが…)。
演奏会もだけれど、演奏家として講座をするというのは意外とハードルが高い。いろいろな説明をして、そしてやはり演奏家なのでポロっと弾いてみる。その演奏に魅力がなければ、例えその前に説明したことはキチンとしていても全てなかったのと同じことになってしまう。じゃあ弾けなければいいのか、というとそれなら研究者の方がしゃべったほうがはるかに知識も豊富だし読み込みも深い。結局のところ演奏家は心に届く音を出すしか道はないのだ。
さーて、また自分でハードル上げちゃったぞ(笑)。秋はまだまだ本番続きなので、頑張らないと。とりあえず仕上がった、なんて演奏には絶対にしてはならないけど、とりあえず仕上げないと何も始まらない(笑)。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧