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モーツァルトと様式の統一感と人生観と

折しも史上初めてブラックホールが撮影されたところですが、モーツァルトのピアノソナタにも名作に挟まれたブラックホールのような曲が存在します。
2曲しかない短調のうちの1つ、強烈な個性を発揮するハ短調K.457と、全ソナタの中で最も短くソナチネのように愛らしいハ長調K.545に挟まれたへ長調K.533がそれです。
昨日もちらっと書いたように、このソナタには2つの番号が与えられています。
第1楽章、第2楽章がK.533、第3楽章がK.494。
一体なぜ1つのソナタに2つの番号が与えられているのか。

1787年12月、前任者グルックの死によりモーツァルトは待望の宮廷音楽家となります。
そのすぐあとに作曲されたK.533の第1、2楽章に2年前作曲してすでに出版もされているロンドを第3楽章としてくっつけて1788年初めに出版したのです。
モーツァルトの例に漏れずこれも借金返済のためと言われますが、そのような名誉ある職についたということを早く披露したかったという話もあるようです。
いずれにしてもそのような経緯で無理やり違う時期の違うスタイルの楽章がくっつけられたこのソナタは、後世の批評から「様式感の統一などいささかもかえりみない」と酷評され現在までこの曲が知られざる存在となる原因となっています。
しかし、天才的なバランス感覚を持ったモーツァルトが、たとえ旧作とくっつけたとしても本当に「いささかもかえりみない」ような曲を作ったでしょうか?
たしかに後期の交響曲すら見えてくるような充実した第1,2楽章に比べ第3楽章はあまりにもシンプルです。
それを持って様式の統一がないというのであれば、他にもそのような曲はたくさんあります。

そもそもそこで言う様式の統一というものは、「始まったものは全て最後の締めくくりのためになければならない」というベートーヴェン以降の感覚に基づくもので、この時代は各楽章の結びつきはもう少し弱かったはず。
そう考えて無心にこの曲と向き合ってみると、入り組んだ2つの楽章の後に現れる第3楽章のなんと清らかなことか。
人生も人の心もドラマと同じではない。
複雑な場面の後に何の脈絡もなくシンプルな美しさが来てそれが心を打つ、それこそが人生の縮図なのではないでしょうか。

 

そんなK.533+494ピアノソナタ、
そして
ヴァイオリンソナタK.377へ長調
ヴァイオリンソナタK.379ト長調
ピアノソナタK.311ニ長調を
4月20日にプリモ芸術工房で演奏します。

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