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羊と鋼の森

「羊と鋼の森」を読んだ。2016本屋大賞に選ばれて話題になった本だ。大変感銘を受けた。
音が聞こえてくるような、風景が見えてくるような、そんな作品だった。それにしても調律のことや音楽のことを本当によく知っていないと書けない世界のような気がするけど、どうやってここまでこの世界のことを咀嚼したんだろう。
それにしても主人公のキャラ設定とだんだん変わっていく様が、日本の音楽学生にもそのままあてはまりそうな感じで興味深かった。
その中に「正しいという言葉には気をつけたほうがいい」という1節があった。
コンクールを受ける人たちを見ていると、「正しい演奏」は何なのかを皆探しているように思える。
正しいカルボナーラ、というのがないのと同じ位正しい演奏というのは存在しないと思う。そして、おいしいスパゲティカルボナーラがたくさんあるのと同じように、良い演奏というのはたくさんあると思う。しかし、たくさんある「良い」の中にも「抜群に良い」ものがあるのは確か。それは絶対的なものではなくて、あくまでも相対的なもの。しかし、多くの人が「抜群に良い」と思えばやはりそれは抜群に良い演奏となる。
正しい演奏を探しているのは多分子供たちではなくて、親御さんと一部の先生たち。バッハの正しい奏法は?、ショパンの正しい歌い方は?その結果生まれたものは正しい演奏ですらなくて、その特定のコンクールで高い得点を取るための演奏に過ぎないと言うことにも気づかずに。当然のことながら、その結果もし1位が取れたとしてもそれは「正しい演奏」の結果でもなくましてや「良い演奏」ができたと言う事でもないので、コンクールで優勝はしたけれどその後は何も演奏活動ができない、と言う結果になる。これがコンクールの罠である。
コンクールもビジネスなので、そこで良い結果を取ることで将来は約束されると言うイメージを打ち出してくる。そのコンクールが音楽界の全てのようにすら思えてくる。しかし冷静に考えてデータを取れば分かるけれど、よっぽど世界的に有名なコンクールでない限りそんなことはありえない。そもそもコンクールはオリンピックではないのだ。オリンピックには世界最高のアスリートが集うが、コンクールに世界最高の演奏家は集まらない。世界最高の演奏家はショパンコンクールの会場にいるのではなく、カーネギーホールに、ムジークフェラインに、ベルリンフィルハーモニーに、もしかしたらサントリーホールに、いる。
昔から「CDを全然聞かないピアノの生徒」というのはたくさんいただろう。いい音楽をたくさん聞くことなくいい演奏なんて出来ないはずなのに。しかしその他に最近よくあるパターンが、「この曲はだれのCD聞いた?」「あ、CDとかじゃないですけどコンクールの動画を見ました」というもの。この問答を聞いて違和感を感じない人は申し訳ないけれど音楽について考え直したほうがいいと思う。だって自分の受ける級の過去の一番上手だった人の演奏じゃない。と思うかもしれない。でもその動画で弾いている彼ら彼女らは演奏家ではないのだ。もちろん参考にしたりレベルを知ったりするのは悪いことではないし、実際に僕自身も感銘を受けたような演奏もいくつもある。しかし、そういうものをお手本にするのは、他の素晴らしい演奏をたくさん知った上でだ。
先日「ピアニストの脳を科学する」の著者古屋晋一さんとお話して衝撃を受けたのだが、最近国際コンクールでの日本人の入賞者が少なくなっているのだという。僕はてっきり、最近の若い子たちはよく弾くしどんどん日本のレベルは高くなっているのだろうと思っていたのだけれど、どうやらそうではないらしい。これもそんな音楽界の実情が影響してるのではないだろうか。その結果小学生や中学生のレベルは何十年か前とは比較にならないほど高くなったけれど、目指すところがそこになってしまってそのあと本当に世界に通用する音楽を持ち続けられる人が少なくなっている、もしくは早い段階で生き残れなくなっているということがあるのだろうか。
そのへんの分析をするのは僕の役目ではないと思うけれど、少なくとも音楽の素晴らしさを伝えて、定期テストで100点を取るような感覚ではなくて本当にいい音楽にたどり着こうという心を持って取り組む学生を1人でも増やすのは、今日本で音楽に携わる自分の使命なのかもしれない。

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コメント

happy02ね!!happy02

投稿: び~ | 2016年9月22日 (木) 00時31分

確かに「正しい演奏」というものがこの世にあるんでしょうか?と松本さんのブログを拝読し思いました。正しいか正しくないかは素人の私にはわかりませんが、そんなことよりも言葉では言い表せないような感動を与えてくれる演奏が聴きたいのです。
羊と鋼の森の中で「夢のように美しいが現実のように確か」という表現がありますが、私が松本さんの演奏を聴いた時に感じている心境を限りなく近い言葉で表現していて、「そうそう!これこれ!私が言いたかったのはこんな感じなの!」と叫びたくなりました。これからも「正しい」を超越した演奏を聴かせてください。そしてその演奏を聴いて言葉に置き換えられないことに苦悩したいと思います(笑)。

投稿: kei | 2016年9月 7日 (水) 01時41分

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