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ベートーヴェン3大ソナタの構造から見る作曲技法の軽い考察

芸術の秋。ベートーヴェンの秋。ここから先のコンサートはかなりベートーヴェンづくしです。
まずは明後日20日の岡崎でのリサイタル。
悲愴、月光、熱情の3大ソナタと言うベタなベートーヴェンプログラムなんですが、
前半の悲愴と月光の間に9番のソナタを、後半の熱情の前には6番のソナタを入れて(チラシには僕がプログラムを間違えて提出したので5番と書かれていますが)、暗い色調の中に少し爽やかな風を入れています。
月光ソナタはよく知られている1楽章が1番大事なのではなくて、あれはただ単に嵐の前の静けさなんです。心情の移ろいはありますが、第一楽章には全くと言っていいほどドラマが存在しません。情景も多分1種類、下手をすると静止画かもしれません。そこからつかの間の天国の幻影を第2楽章で見せ、フッとその響きが消えた瞬間第3楽章で凄まじい嵐に巻き込まれるのです。ドラマを入れ込むにはやはりソナタ形式が1番。ということで第3楽章にして初めてソナタ形式が出てきます。もちろんそれぞれの楽章は切れ目なく演奏するべきでしょう。
そこから振り返るとまだまだ悲愴は3つの楽章のつながりが月光ほど強くは無いですが、やはりその気配を感じます。そういえば、この有名な第2楽章は今まで愛情のようなものだと思って演奏していたのですが、最近これは懺悔なのではないかと思うようになりました。
そして、熱情ソナタは3つの楽章をつなげて初めて生まれる凄まじいまでのドラマが最大限に発揮されています。第2楽章は単体で聞くといまいち面白くない楽章ですが、全く暗い調を使っていないにもかかわらず第3楽章の嵐につながる偽りの楽園なのです。そこかしこに運命の動機も姿を現します。第3楽章に至っては、どれだけ転調をしてもほぼ一度も長調になることがないと言う徹底ぶり。凄まじい曲を書いたものです。
そのようなベートーヴェンの、息抜きのような場面すら次につながる準備だという構造を、自分なりにプログラミングにも応用してみました。
すなわち、ハ短調の悲愴からホ長調の9番に移ることで一時的に気持ちは明るくなるけれど、それは嬰ハ短調の月光につながる中間楽章のような役割。
そして後半の6番は、熱情の序章。第2楽章の思いがけない暗さと、第3楽章の楽しいけれど突然終わりを告げてしまう無窮動が、きっと熱情への道標になるはずです。
この並びで弾くのは初めてなので、ちょっと楽しみ☆


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