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ピーター・ゼルキン

明日のエプタザールで弾くので、最近ブラームスのヴァイオリンソナタをよく聞いている。鉄板はシェリンクとルービンシュタイン。ヘッツェルとドイッチュのものも味わいがあっていい。
そんな正統派好きな自分だけれど、最近図書館で見つけたパメラ・フランクとピーター・ゼルキンのデュオが素晴らしい。すばらしいというか、面白い。
多分書いているうちにほとんどピーター・ゼルキンのことばっかりになってしまうと思うので、パメラ・フランクが非常に伸びやかに自然に歌う素晴らしいバイオリニストだと言う事常に伸びやかに自然に歌う素晴らしいヴァイオリニストだと言う事を書いておこう。
さて、ピーター・ゼルキンは言うまでもなく巨匠ルドルフ・ゼルキンの息子。父ルドルフに比べると少し活動のステージは狭いけれど、父とはまた違ったマニアックな人気がある、というイメージでした。僕は個人的にはよくわからないピアニストの1人で、それも「良くないと思う」ということではなくていまいち自分の理解の範疇の外にいるということ。CDを聞いても縦割りにしか聞こえず、一度コンサートも聞きに行ったことがあるけれど遠くの方でおとなしく弾いているような印象を受けただけだった。そう、このCDを聞くまでは。
最初のうちはやはり、ルバートを極限まで控えて表情も抑え目で、淡々と縦割りで進んでいくようなイメージがあった。しかし、隣で聞いているはなこが「このピアニストは突然怖いほど迫ってくるね」とひとこと言ったところから、いろんなものが見えてきた。確かに、何事もなく控えめに弾いているようでありながら、思い出したように突然目の前まで表情が迫ってくる。
そうしているうちに、だんだん彼の演奏している姿や、家で1人で音楽と向き合っている姿が勝手に浮かんでくるようになった。ナイーブな今にも壊れそうな心を持った青年が(実際はすでに50近いおじさん^^;)、自分の心の中にあるたくさんの難しい感情を冷たい輝きを放つクリスタルのように音にして紡ぎ、しかし奥底から湧き上がる衝動は抑えることができず時に突然激しい音となって表に出てくる。3番の3楽章あたりからは、もはやたかがはずれてしまったかのように、たくさんの爆発的な音が出てきます。そのたびにピーター・ゼルキンの姿が巨人になっていくよう。その姿を見ていると、なぜ淡々と縦割りのように演奏している部分があるのかがよくわかりました。
しかし、どれだけ爆発的な音を出してもその類まれなるコントロールは絶対に破綻をきたしません。コンピューターのような頭脳と完璧な指のコントロールを持って、どんな世界でも美しいものにしてしまう。あまりにも強迫的に激しくて、なのにどこまでも美しくて、聞いているとどんどん笑いがこみ上げてきます。変だからじゃなくて、すごすぎるから。もちろん隣ではなこも大笑いです。これを聞いて笑うと言う感覚はなかなかわからないだろうなぁ。こういう経験を共にできる相手がいるっていうのはいいね。
さて、だからといって明日はそんな屈折した美しさを出すわけではなくて、僕らはこれぞブラームスと言う音楽を目指して演奏したいと思います。2番のソナタは一緒にやるのが初めて。楽しみだ^_^

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