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ベートーヴェン講座3-2

今日は朝からカワイでベートーヴェン講座。

月光に着いてしゃべりまくって弾きまくってきました。

結局ほとんど全部弾いた気がする。

どの曲も突き詰めるといくらでも奥深くなっていくんだろうけど、やっぱりそれでも悲愴や月光のような曲は格別です。

悲愴はまだ楽章間の繋がりが希薄だけど、月光は本当によく出来てる。

1. どんより曇った空の下の(一見)美しい風景と、そこにこめられた悲しみと死のイメージ

2. つかの間の幻の楽園

3. 嵐と地獄

という感じでしょうか。

1楽章だけがヤケに有名になってしまいましたが、この曲の核というか一番言いたいのは3楽章です。

そのために1楽章はひたすら耐える。7分間も耐えに耐える。

もちろんその中にドラマがありますが、展開があまりに引き延ばされているのと、微細な変化だけで繋いでいくのとで、一見何事も起こっていないかのように見えてきます。

最後のほうでは自分が生きているのかどうかすら分からなくなるほど。

そんな閉塞感から2楽章で一気に解き放たれます。

しかしここで現実的な幸福感を出してはいけない。

どこまでも幻の楽園であり続けないといけない。

それでもトリオを経由してテーマが戻ってきて、最後には本当に楽園にたどり着いたのではないかと錯覚を覚えてくる。

その瞬間最後の2小節の突然のpによって、全てが煙のように消えてしまう。

そこから始まる第3楽章は、恐怖や焦燥感のようなものだけ。

多分色彩はないんだと思う。

いろんなものの動きは見えてくるけど、闇夜のように風景は何も見えない。

たまに主人公の眼差しが見えるくらいです。

恐怖感は幾重にもたたみかけられ、もうコーダであとは終わるのみなのかなと思ったところからまたたたみかけられ、

何度も何度も何度も打ちのめされて、また打ちのめされて、最後には突き落とされます。

絶句するしかないほどの悲劇の場面ですね。

これがもしオペラだったり明確なテキストがあったりしたら、多くの聴衆を絶望の淵に落としてしまうんだろうけど、

幸いなことに純粋音楽なので、絶望すら美しい。

こうやってしゃべったり書いたりしてるとだんだん自分の考えやイメージもまとまってくるので、4月2日のコンサートが楽しみになってきました☆

そして明日はエプタザールで上里はな子&松本和将デュオ。

とある筋からの情報によると明日は雪がチラつくとかチラつかないとか。

ガハハ( ̄▽ ̄)

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コメント

月光について聞きまくって、聴きまくってきました。確かに、ほぼほぼ弾いてくださったと思います(笑)。部分的でも、あの第三楽章の迫力と逃げられなさ感に圧倒されました。通勤前にあれを聞いて仕事に行ったとき、音楽が耳に残って、仕事に追われてる感が半端なかったのを思い出しました。通勤前に聞いちゃだめですね。
来月の演奏会で、初めて松本さんの月光を通して聴けるのが楽しみです!

投稿: kei | 2015年3月 8日 (日) 00時47分

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