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絞り出す

 演奏会あととかにふと手を取られて、「この手があの音を出すんだねぇ。」と言われることがある。

いや、違う。

音を出してるのはこの手じゃなくて、この心と頭。

ピアニストの手が見える席に座りたい、という欲求も今や全くといっていいほどなくなった。

手なんか見ても何もその人の音楽は分からない。

ただ、音に浸ればいい。

指が回るようになるって、本当はすごく簡単なこと。

適切な練習を死ぬほどすればいいだけ。

「死ぬほど」は根性さえあれば誰でも出来るけど、「適切」なというところがなかなか出来なくて大変なんだろうけど、

それもしっかり頭を使えば誰にでも出来る。

本当に難しいのは、感情を絞り出すこと。

喜びの1音、

悲しみの1音、

そのたった1音を、演奏家が、作曲家が、どれだけの想いで絞り出しているか、

きっとこれは実際やっている人にしか分からないんだろうなぁ。

いや、聞く側は単純に「あぁいい音楽だなぁ。」と思ってくれればそれでいいわけで、

芸術家の苦悩だの人生だの極限状態だの、そういうものを必ずしも理解してくれなくてもいいわけなんですが、

それでもやっぱり、「指が動いてすごいねぇ。」というニュアンスで言われると悲しくなってしまいますね。

なんかの本で読んだか、誰かのブログで読んだか、

なんかの芸術家が(ものすごくあいまいな情報ですみません)、

「芸術をやるために特に気をつけていることはない。

日々生きていることがそのまま形になるだけなので。」

と言っていたような気がする。

だいぶニュアンスが違ってきてるかもしれないけど。

でも、ホントにそうだなぁ、と思う。

それは何もしなくていいってことじゃなくて、

全く逆で、

これをすればこうなる、というのが一切ないってこと。

練習すればいいってもんでもない、

考えればいいってもんでもない、

答えも道筋も何もない中でもがいてもがいて、もがいて、

それが音になって出てくる。

もがいて得た傷をもう一度えぐりだすようにして、音が出てくる。

それだけの想いをして出したものも、本当に音に乗って表に出てくるのは、きっとそのうちの1割くらい。

驚くほどそのまま音にはなってくれない。

だから、心にそのまま落ちてくるようなすごく悲しい音や切ない音を出す演奏会は、

一体この人はその背中に何を背負ってるんだろう、と思ってしまう。

さて、明日はどんな音が出てくるかなぁ

いい音出るかなぁ

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コメント

思い描いた音が出せなくて
悔しくて泣きながらピアノに向かっていた時の事を
ふっと思い出しました。

ピアノを弾いている時、心を映す鏡みたいだなぁと
私は感じる事があります。

松本さんは自分に真っ直ぐに向かい合って
様々な感情に出会ってきたのだろうと思います。

名前しか知らずにふらりと行ってみたリサイタルで
私はピアノ弾きに戻りましたから。
さらなる高みへ向かおうとするエネルギーが音に表れて
ピアノへの情熱を思い出させてくれたのでしょう

大人になってからのピアノは年々趣深くなり
一生付き合いたいものになってくれています

投稿: chisato | 2010年6月29日 (火) 14時56分

全然関係ないかもしれませんが今オイゲン・ヘリゲル著の「日本の弓術」読んでいて、感銘を受けた部分引用しますねこ
☆的が私と一体になるならば、それは私と仏陀が一体になることを意味する。そして私が仏陀と一体になれば、矢は有と非有の不動の中心に、したがって的の中心に在ることになる。
私は的が次第にぼやけて見えるほど目を閉じる。すると的は私の方へ近づいて来るように思われる。そうしてそれは私と一体になる。
~音楽と何か共通するものはあるでしょうか?

投稿: 手鞠猫 | 2010年6月27日 (日) 21時47分

まつもとさぁ~~ん

今度は・・・・
こんなのを読むと

演奏中に泣いてしまうじゃないですかー!!
(≧ヘ≦)


私には全然分からない世界だけど
この文章を読むと、その世界にいるとこんな気持ちを味わっているのかもしれないと
漠然とした想像をすることはできます。

「こんな感じかもしれない・・」って。

私達はピアニストたちを舞台の上でしか
見ないけれど、こんなふうにいろいろな
内面を知ることができると
また演奏を聴く気持ちも変わってきます。

本番前にこういう文章を読ませてくださる
松本さんに、感謝です←お礼のケーキです。

投稿: あきこ | 2010年6月27日 (日) 09時16分

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