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教師としてのコルトー

うろ覚えだけど、昔よく読んでいた評論家の宇野功芳さんの本に、

アルフレッド・コルトーは指導者としても大変優れていて、

良い指導者というのは生徒の短所には目をつぶって長所だけを伸ばそうとするものだけど、

コルトーは生徒の短所まで長所に変えてしまったというから、これはもう名教師である、

というようなことが書かれていました。

昔はさっぱり意味が分からなかったその言葉、

短所は短所であって、直すべきものではないのか、

とか思ってたんですが、ようやくその真髄が分かってきたような気がします。

みんながみんな同じ方向を向いた演奏をする必要はないし、

みんな先生の真似をする必要はないし、

(まあ僕は、とりあえず手本として全部演奏して見せることをモットーとしているので、

自然とみんな真似ようとしてしまうのは仕方ないかもしれないけど)

結局そのコの人間としての一番深い部分が演奏には出てくるので、

それをいかに芸術的にさらけ出させるか、というのが大事になってくるんでしょうね。

そんなことを考えながらレッスンしてると、

どうしようもない短所だと思っていた部分が、突然美しい長所になって現われてくることがあります。

動かない、盛り上がらない音楽をしてたコを、なんとか煽って動く音楽にしようとしていたら、

そうではなくて突然すごく静かな優しい美しい音色を出してきたりとか、

閉ざした音楽をするコを、なんとか開かせようと思っていたら、ある日、閉ざしている者にしか出せない孤独感の漂う美しい音を出してきたりとか。

音楽は人の心を動かすのが一番の目的。

どんな短所でもきっと裏返せば長所になる。

生徒の出すどんな表情も、一言で否定して理想的な形を伝えるのはすごく簡単なことですが、

一度立ち止まってもしかしたらそこに埋もれてるダイヤの原石がないか、目をこらして探してみるのが大事なのかもしれません。

それにしても、コルトーのレッスンとか一度見てみたかったものだconfident


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音楽」カテゴリの記事

コメント

松本さんのコメントに深い感銘を受けました。
生徒を指導していて日々考えされらていたことへの回答のように思わされました。
音が弱くても歌心があって繊細な音を奏でる子…
彼女は本人の希望でコンクールに出ても結果が出ず本人が気落ちしていましたが,彼女の良い資質を伸ばしていけたらいいなと改めて思いました。まだまだ成長段階。
コンクール向けの音楽作りなど安易にしてはいけませんね…以前つくばであった松本さんのコンサートでのホールに広がった美しく豊かな音色,心に残っています。素敵なショパンでした。そのショパンを聴いてもっと深く学びたいと思いその後ポーランドへ勉強に行きました。

投稿: マーニャ | 2012年1月13日 (金) 12時00分

松本さん、なんで松本さんのピアノを聴くと涙が出そうになるのか、よく分かりました……うるうる

松本さんもコルトーのような、素晴らしい先生だと思います!

最近、美について考えていたのですが~
神=無=美なのではないかと。

音楽を聴いて美しいと思う時、そこに沈黙の調べがあるような。

心打たれて引き込まれる時って、無に徹しながらその人の個性が輝いている時ではないかと。

個性とは、松本さんが仰っている一見短所に見えるものが、逆転するものだと思います。

陰影礼讃♪

投稿: 眠り猫2 | 2010年2月27日 (土) 11時59分

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