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「変わる」ということ

さぁ、今日は仕事始めrun

午後からレッスンしてましたnotes

と言っても、明日からはまた休日ですが(笑)。

夕方からさっきまではほぼずっとピアノ弾いてたんですが、

久しぶりに大量の譜読みから解放されて、

ショパンの3番ソナタで深める作業をしてると、

だんだん頭も活性化してきたみたいで、

お風呂でぼーっといろいろと考えてました。

とりあえず書き留めてみるかな。

文章ぐちゃぐちゃになるかもしれませんが。

思ったのは、「変わる」ということに関して。

変わる、というのはたぶん人が思っているよりもはるかに難しい。

何かが上達するということは、常に変わり続けるということなわけだけれど、

一つ一つの変化が大きく、しかもいい方向に進めば、

ぐっと上達するんだろうなぁ。

ちょっとした小さい目に見える変化というは、そんなに難しいことじゃないけど、

例えば自分で言ったら「どうやったら苦手な料理がうまくなるんだろう。」とかそのくらいの次元の変化、

これは相当難しい。

僕の場合は、だいたい何かがうまくいかない場合は慎重になり過ぎてることが多い。

それか、細かい単位で物事を考えすぎなのか。

不思議なことに、音楽だけはものすごい思いきりを持って出来るんだけど、

他の事に関しては結構外堀のまた外堀から埋めていくタイプで、

しかも、本丸をぐっと見据えながら外堀を埋めていくのではなくて、

とりあえず今埋めてる外堀の周囲だけ見てしまう。

周りが見えないわけじゃなくて、下手に周りが見えすぎてそのもっと向こうにある一番大切なものまで目が届かなくなってしまうというわけ。

ここでまた料理の話に戻って、

料理がうまい人、たとえばカウンター越しに見える中華料理屋のコックさんとかを見てると、

ガーっと勢いだけでやっているように見えて、きっと全部感覚的に計算出来てるんだろうなぁと思う。

そういう人の感覚を、そのまま全部取りいれることが出来ないものだろうか。

コックさんを見て「上手いなぁ!」と思って、自分も上手にやろうと思って、

さて、彼はどんな手の動きをしていただろう、どんな風に調味料を振っていただろう、

どんな順番で材料を入れて、

とか考えて、

いつもどおりにフライパンを火にかけて、いつもどおり油をひいて、

ちょっと
だけ手の動きを考えてみる。

これじゃあたぶん、はたから見たらほとんど何も変わってないんだと思う。

要は、(ここ大事!!)

何か変わろうとしてる、と自分では思っても、結局今まで長年やってきた自分のやり方から離れられてない、ということ。

体で、頭で覚えているそのやり方は、やっぱり自分にとっては心地いいもので、

問題意識を持っていてもなかなか根本的に変えてしまうことが出来ない。

それじゃあ何も始まらないから、

そのコックさんの体の一番奥から、頭の一番奥から、その感覚をまるごとそのまま自分の中に取りこんで、

彼が自分の中に乗り移ったと思って、全てを変えてやってみようと思ったら、もっと劇的に変わることが出来るんじゃないかなぁ。

最初はぐちゃぐちゃなものが出来てしまうかもしれないけど、

だんだんそれが自分の感覚ともマッチするようになってくれば、

今までより格段にいいものが出来るんじゃないかなぁ。

・・・でちなみに、ここまで自分の料理の話をしてきたのは、例えを出したかっただけで、

そこまでの労力を割いて料理が得意になろうとは実際思わないわけですが・・・cat

これはそのまま音楽にもあてはまることで、

たとえば、安全圏を求めてなかなか攻めた音楽が出来ない人が、

どうやったら、一か八かの音楽、ものすごいリスクを冒しながらもエキサイティングな音楽、一歩間違うと崩れてしまうような刃物のような鋭い切なさをもった音楽、

そんなものが出来るのだろう。

逆に、なんとなく感覚はあって勢いもあるけれど、細かいところが全然仕上げられない人が、

どうやったら、100回弾いても100回とも音を外さずに、一つ一つの細かい音まで神経を行き届かせて演奏し、そして根気強く練習することが出来るだろうか。

ちょっと頑張るくらいじゃあダメで、自分が他人になったくらいの勢いでいろんな感覚を変えていかないといけないんだと思う。

結構大変な作業だ。

忍耐力がすごく必要。

根気強く練習出来るようになるのに忍耐力が必要なのはもちろんだけど、

一か八かの音楽が出来るようになるのにもやっぱり忍耐力が必要。

そういうものっていうのは、普段の練習の結果が音になって表れるものなので、練習の仕方から変えていかないといけないんだけど、

一か八かの人というのは最初っから一か八かの練習の仕方をしている。

そこで一音一音確実に読んでいって、少しずつ少しずつテンポを上げていくような練習の仕方をしてる人がそれをやろうと思っても、

自分自身の音に耐えられなくなると思う。

きれい好きな人に決して部屋の掃除をするなと言っているようなものだから。

そこで踏みとどまってぐちゃぐちゃなままでもさらに練習を進めるためには、やっぱり忍耐力が必要。

汚い音が出てきても、とんでもなく弾けなくても、それに耐えて突進あるのみ。

っていうふうに、自分のやりかたとか考え方とかを根本から覆すことが出来るようになれば、

極論だけど、

人間、何にでもなれるんじゃないかな、という気がしてくる。

得意不得意、とか向き不向きってのは、今まで培ってきた自分のやりかたが残ってしまってるからで、

それ自体をこんな風にして変えていくことが出来れば、

どんなものでも得意になれるんじゃないかな、と。

まあ夢のような話ですが。

まあでも、そこまで行かなくても、もっと土台から崩してまた組み立てていくくらいの勢いで変わらないとなぁ、と思うことはたくさんあります。

あ、逆に、変わろうとしすぎてフラフラしてしまう人もいるかもねぇ。

それも結局同じことで、変わろうとしすぎていることがあまり良くないことだとわかっても、

結局常に変わり続け過ぎる、というやり方が体に染みついていて心地いいから、ついいつもそっちに流れてしまう。

そういう人は、「変わらない」という自分になるという変化をしないといけないんだろうな。

これもまた忍耐力がいる作業だ。

さて、書いてるうちに眠くなってしまったので、そろそろ寝るとしますかshine

お風呂で考えてる時はもっとどんどん考えが湧き出てたのになぁ。

その時すぐブログを書けば良かったのかflair

僕は何にしても、瞬発力でがーっと思いついたり動いたりして、それが長続きしないんですよね。

なので、ず~~~~っと考えてる、ということがない。

10分あとにはもう全然違うこと考えたりする。

次の日になるともうそれだけ熱を入れて考えてた感覚をほとんど思い出せなかったり。

ちなみに、このブログを書きながらも、何回他のことをしただろうか。

他のサイト見たり、ストレッチしてみたり、耳掻きしてみたり、

落ち着きないなぁ。

一度に一つのことしか出来ない人になるように劇的に変われればいいなぁ。

その際に、自分の長所である、周りが見えること、とかたくさんのことを処理できること、とかは失わないまま。

ん~~、難しい。

というわけで、

なんだかいまいち考えがまとまってなくて不完全燃焼気味ですが、

論文じゃなくてブログなので良しとしようscissors

オヤスミナサイhappy01




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音楽」カテゴリの記事

コメント

何度も何度も読み返してしまいました。
いろいろな場面も思い浮かべながら・・・

子供たちにも、ぜひ読んで、考えてみて欲しいことですねthink
音楽を奏でるためにすべきことは、楽器の演奏に関わる練習だけではないと、折に触れて先生方に教えていただいていますが、ともすれば目の前の指の練習に囚われがちで、深く考察するところにまではなかなか至りません。
反省すべきことですね・・・


機会があれば、ぜひ子供たちに話してやってくださいませ。
m(_ _)m

投稿: ひなまま♪ | 2010年1月 5日 (火) 16時56分

「変わる」考、面白いですね!
最近、松尾芭蕉の勉強をしているんだけど、芭蕉が人生の最後に「おくのほそ道」の旅に出たのも、きっと、自分の作風が「変わる」ことを求めたのであろうし、それで本当に「変わる」ことを達成した人生っていうのは、(死んだその時点であまり評価されていなくとも)、どんなに意義深いものだったろう、って考えたりします。
そして、「変わる」についてこうやって考えを巡らす自分は、「変わりたい」気持ちが心の中くすぶっているのかな、って思ったり。
2010年、すんごい「変わる」に出会ってみたいな!

投稿: ミナ | 2010年1月 5日 (火) 11時57分

心にストレートに突き刺さりました!と言ったら変な言い方かもしれませんが…一か八かの練習を卒業しようと思います…smile;;汗

投稿: K | 2010年1月 4日 (月) 15時27分

松本さん、ショパンの三番、練習されてたんですか~eye
キキタイ~キキタイ~キキタイ~(^o^;)(←やかましい)
ショパンの三番て、天上から蒼い光が差してくるような神々しい感じがしますよねshine
24のプレリュードも最後は宇宙の虚空に吸い込まれる感じがします。
ショパンて、生死の境目にいつもいたんじゃないかしら

変わる時って、「変わりたくない自分」とのせめぎ合いですよね

だから変わる時は、ジワジワ変わると思います。

忍耐力は、大事ですよね~
全ては「ザ・忍耐」だと思います。
忍耐がないと結局上滑りで終わっちゃうかな~
楽してた時って覚えてないですし。
苦しく耐えていた時に、変わっていたなと思います。

投稿: 眠り猫2 | 2010年1月 3日 (日) 02時16分

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