無言の夜景
別に電車オタクなわけではない。
見知らぬ土地に思いをはせていたわけでもない。
たぶん、たまたまそこに時刻表があったから。
でも、それだけの理由にしては余りあるほど、その小学生は駅の名前を覚えまくった。
きっと1ページ目に書いてあったのだろう、山手線の駅の名前はとりあえず全て覚えた。
そして、まだ乗ったことのない新幹線には興味があったのか、山陽新幹線の駅も全て覚えた。
台所の冷蔵庫に貼ってあるホワイトボードに、順番に駅の名前を書いていたのを今でも覚えている。
博多の次は小倉。
小倉駅はいろんな線が出る大事な駅だから、必ず新幹線は止まる。
北九州という市の名前を知るずいぶん前から、小倉という名前は知っていた。
そんな小倉の街に泊まるのもこれでもう4回目。
そのうち3回は北九州音楽祭で呼ばれているので、この駅前の景色をホテルの窓から見下ろすのも3回目ということになるはずだ。
もうずいぶん深夜だと言うのに、まだかなりの量の車が走っていて、駅前には人の姿もちらほら見える。
まだまだ街は動いている。
でも、ホテルの窓がすごい防音になっているのか、ただ単に高いところにいるからなのか、そんな街の音は全くといっていいほど聞こえてこない。
新幹線が通ってさえも何も聞こえない。
まるで、ミュートにした大きなスクリーンを見ているような感じ。
どこかフワフワとしていて、夢の世界のよう。
あっちが夢の世界なのか、それともこっちが夢の世界なのか。
そういえば、カラオケの画面を見ても同じような感覚に襲われることがある。
にぎやかに音楽は鳴っているんだけど、それとは全然関係ない画面が流れていて、
当たり前なんだけど、そっちの音は全く聞こえてこない。
恋人同士が幸せそうに話をしている場面でも、その会話は聞こえてこない。
車で夜の街を走っている風景でも、そのエンジン音は聞こえてこない。
音の世界で生きている者としては、そこに音がないというだけでその世界がなんだか現実離れした物悲しいものに思えてしまう。
だから僕は、いつでも身の回りを音で溢れさせてないと気が済まない。
良くないことかもしれないけど。
なので、部屋に入るとまず何はともあれテレビを付けてしまう。
別に画面は見ていなくても、そこで誰かがしゃべっていて何かが音を立てていると安心できる。
テレビを付けていない時は音楽が流れている。
車に乗るときでも、だいたい常にロックかポップスが流れている。
だから、こんな風にテレビも付けずにひたすら夜景を見ているというのは、自分にとっては非常に珍しい。
そもそも、変化のない物はあまり好きではない。
というか、すぐに飽きてしまう。
歩きながら景色を見るのが好きな人もいるだろうけど、僕の場合は景色の移り変わりがあまりにも遅すぎて物足りなくなる。
せめて自転車くらいの速度は欲しい。
電車から眺める風景もなかなか飽きない。
でも、たまにはこんな風に、車が動いているという以外にはこの1時間何も変わらないような景色を見ているのもいいのかもしれない。
たくさんの変化に自分も頑張ってついていこうとしなくていいので、一つ一つのものをじっくりと深く見ることが出来る。
そしてそれは、その景色を通して自分自身の内側を立ち止まってのぞき見る、というところにつながっていく。
そして、この音のない世界こそ、自分が今生きている現実世界に違いないのだ、という確信を得ることが出来る。
さて、明日は本番!!
少し前から現地入りしていると、本番直前まで日々の生活に追われるということがないので、
こんな風に、生活していく上ではどっちでもいいようなことをたくさん考えながら、少しずつ本番に向けて気持ちを高めていくことが出来る。
ありがたいことだ。
明日は音楽祭最終日のフィナーレ・ガラコンサートなので、満員らしい。
どんなものでもいい。
聞いている人の心の何かが届くような演奏をしたいなぁ。
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コメント
小説を読んだという日記の後、さりげなく日記が小説風の描写になっちゃうトコなんか大好きです♪
ニュージーランド、ステキなコンサートになりますように!
投稿: ミナ | 2008年11月11日 (火) 22時07分
今日のコンサート、とても楽しみにしております。
小学生の娘が、先週急に、是非行きたい、と言い始め、チケットを探しまわったのですが、全く残っていないようですね。出演者の方も持っていらっしゃらないのでしょうか…
いきなり行って、余りを持っていられる方がいたら、と思いましたが、なかったら困るので、あきらめさせようと思ってます。
…持っていらっしゃいませんよね?
いきなり不躾な話で申し訳ございません。
投稿: 田尻祥子 | 2008年11月 9日 (日) 11時53分